3/19 贈る言葉。~〇せばなる、〇さねば〇らぬ、なにごとも~
日用品の買出を済ませ、これで今月も家事にいるものは揃ったかなぁ、と思いなが偶々乗車したバスで、とある学校の卒業生に宛てて、先生達が贈った言葉が掲示されているのを発見しました。
私が学生だった当時のことを思い出して、暑い中寒い中、何かしらのイベントや学期の節々で、校長先生のお話とかしてくださってたなぁ…とは思うんですが、あったことは覚えていても、話の内容は覚えてないな、なんてふと思って、ぼんやりしてたに違いない、と思ってしまいました。(笑)
大人になって、今朝思ったのは、あー、決算期かぁ…(と言ってもそんなに実感もない立場)で、学生さんは卒業式だったのか、と今さっき気が付いた。
そういえば花束を持った学生服の子とか街中に最近よく見かけたな、と思い出してガッテンしました。
『3月に花束と学生』のヒントで『卒業式』とピンと来ない辺り、もう随分学生時代も『前のこと』になってんだな、とも思います。
色々思い出すエピソードだってもちろんあるんですが、年間スケジュール的な感覚はどうやらもう学生ではいようです。(さすがにね)
『学期』より『決算期』って思うんだから大人の仲間っぽい。(笑)
その『決算期』の表現なんですが、大人もあえて『決算期』みたいな表現を避け始めてる気もしなくもない近頃の会社…。
何度か転職を経験した身として思うのは、最近の会社、特に大きな企業程、コミュニケーションで連携を取らずとも業務が完結できちゃうシステムも存在させている為か、コミュニケーションが希薄になりがち…それがよくも悪くも作用しているようだ…ということ。
私の今所属する部署のボスによると、それでも成立ようにした結果がこれではであるんだそうですが、それはそれで弊害?もなくはないのかも、的なことを話から感じなくもない。
管理側からすると課題もあるんだろうな、と。
今の部署のボスは所謂『生え抜き』というやつなんですが、元々新卒からずっと会社に根付いて昇進されっている方をそう表現するとしたら、同一業界や類似した会社規模という共通点も持たず転職をした経験があって…という私みたいなタイプ(タイプ?)は、言ってる人を案外聞いたことないな、とは思うけれど、単純に対義語で表すなら『根無し草』です。←
ボスがボスな理由は何だかわかる、と思うことも時々感じることがあります。
何せ人数も多いし、そんなに話す機会が多くないんでボスの情報がそもそもまだ薄いんですが、今感じている感覚だと、なんだかポジティブなかたなんだなっていう印象。
(正直最初はなんかコワそうと思った…子どもか。(笑))
そしてよく見てくれている…のかも…。
それを今後どう捉えられるかは私次第なところもあるかな、と思いますが。
先日、ボスから『外部の経験の豊富な人から見ると、新鮮に見えることもあると思うから』と声掛けをいただいたんですが、そう捉えてくれるのは有難いんだろうな、と思った、という…。(まぁ『豊富』に語弊もあるかもと思いますが。(笑))
履歴書を先入観で見られてしまうこともありますし、よからぬ解釈をされて、思い当たらないと言い切れない、て思うこともありますから、何とも言い難い…そして期待され過ぎたって困るけど、悪く思われてもそれもちょっとしんどいか、そんな感じですが…。(笑)
まぁポジティブに声かけしてもらえるってことは、私もポジティブに捉えて、そう声がけしてもらえるのはそんな悪くないか、くらいに思ってくれてるってことにしとこう、と思っています…(笑)
色々考えるとよからぬことも想定し過ぎてしまいそうですし、想像がよくない現実を引き寄せても嫌ですしね。
…いつものことですが、話の展開が長くなって行くところでした!
コミュニケーションという新たな課題が発生したことの対処方法が、部署を『セクション』、課みたいなものを『チーム』とかって表現にしたり、決算期を四半期で表現しないで『クォーター』とかってスポーツを思わせるような用語にしてる理由なのかなー?と。
真相は知りませんが、そんなことを思いました。
バスで見た先生が卒業生に贈った言葉の話まで巻き戻します。(笑)
それがこちら。
『成す』と『為す』の違いなんて考えたことがありませんでしたが、あえてこんな書き方をして『為す』の方を強調されていたので、まんまと調べてしまいました。(笑)
『成す』とは、『仕上げる、つくる』という意味だそう。
『為す』とは、『行う』という意味だそうです。
同じ音でも全然違う意味なんだなぁ…と。
行動が結果を引き連れてくるってことですね、行動の大切さを感じました。
学生時代もきっとこういうお話してくださっていたかも知れませんが…大切な事が解るのって…ですねー…あー…(笑)
バスに貼ろうなんて提案してくださった方、ありがとう、学び直しの機会が持てました。