はちみつ日記

お弁当日記に近くなりそうです。

2023 5/26 その時考えようってことにしよう。

 


今日はころっと変わって…。

 


早く目が覚めた割には起き上がるのに時間がかかったんですが、もう平日最終日だったからでしょうか、『今日行けばお休み』というプレッシャーのなさからかここ数日の中だと気分が楽でいい方だったような気がします。

 


ギリギリに出てしまった…というかここ最近出発がいつもギリギリになってるのは自覚していいたので、週明けからそうできたらいいな、と。

そう思うと早く眠る準備をする必要があるんですが、寝る前になると今日一体何ができたのか…とか考えてしまって眠れない…

 


したいことしたっけ、とか…。

 


『眠りたい』と思えたらいいんですが、眠ることも『しなくてはいけないこと』だと思っちゃてるんでしょうね…。

上手くできなくて眠る前に考えてしまう時間を避けたくて…

いつも考えたくないとこを考えないために何かをしたいと思えないかな…とそんな風に考えるのが癖になってしまっているような気がしました。

 


そもそも『したいこと』を聞かれるのが怖くなっていました。

自分でもしたいことが沸かないことが辛いし、休みたいのが1番なんだけど、したいことを言えなきゃいけないんだと思い始めていたところがあったかも知れません。

 


どうしてそうなったんでしょう、都合の良い人でいなきゃ居場所がなくなるという囚われかも知れません…。

囚われている自分に疲れてもいるのに、囚われから抜けたくてもどうしたらいいのかが解らなかったりする…。

 


…その内できるようになるかも知れない、くらいで少し楽に過ごしましょう…。

 


夜が遅くなる、朝も遅くなる、に伴って、朝食も摂らないことが増えていましたが、食べないと仕事中エネルギー不足になるのか頭がしっかり働いてない感じがしてきてしまいます。

 


悪循環はこうしてできていくんだな、と冷静に思ったので色々改善をしていく方がいいことは解りますが、癖づけるまでの継続が中々大変です。

 


行きがけにプロテインを購入して、それを朝食代わりに…。

仕事復帰して慣れない朝は、朝食代わりにとシリアルバーを食べたりしてみた時期もあったんですが、少し続けていると体調がイマイチになる気がして…朝食を準備して食べられるのが一番だとは思いつつも急に戻すにはハードルも高い、難しいだろうな、と…一先ずプロテインで代替えです。


とりあえず仕事へ行き…
これと言ってスケジュール的に急ぐ業務があったわけでもなく、上司からの指示もないので、バタバタシーズンである月初からの2週間までの準備でもしておくか、と仕事を探し、先輩が溜め込んでいた大量の仕事の片付けも開始。

また同じようなことにならないように、上司から渡された今月分の業務もさっさと整理しておきました。

その合間に自分ですりゃいいのに、と思うような雑務を投げてくる先輩からの仕事を先月作成したファイルで一括処理して全件分打ち返し…(それでも先輩は処理しないで人の処理した仕事を自分で溜めて、どうでもよさげな話をずっとあちこちやり、なっている電話も放置…変わった人だな、と思いますが鳴りっぱなしがうるさいから渡しただけなのに、『ありがとう!』と…携帯できるのだから携帯してくれ、と思いますが、勝手にいいように捉えて波を立てるのも怠いだけなので、スルーしておきましょうか…どうでもいいし。)
やることもないので、『やってる業務が一個も項目にない評価指標』の入力も『雑務』と思いつつ、半分は済ませ(最早雑務しかない気もする)、上司がいう『言うだけはタダ』だからと文句ばかりつけてはやることやってくれはしないボスの面倒なご指摘もこれで受けまいし、土日に残した仕事もない、と定時でさっさと帰りました。

『もういいの?』と上司に聴かれましたが、最初から残ってまでやりたい仕事なんてないし、残ってまでするほどの仕事がないんですよね。
どう考えても人のお節介を文句たれながらやって、勝手にストレス作って相談の時間ばかり儲けようとする上に、溜め込んで仕事しない先輩が問題のタネだと思いますが、どうしてこうなっているのかは誰も考えないようなので、話しても疲れるだけ、どうでもいいのでとっとと見切って自分のやることやって、徐々に仕事片付けて、ここでやることもなくなった、と思ったら違うところに行けばいいや、と思うことにしたら心も楽になりました。

月初、今月1カ月のデータ管理の基になるデータファイルの作成…(面倒な点が多くて結構大仕事)が待っています…作成に3時間かかり、照合にまた時間がかかる…その理由が手作業での処理が多すぎるということが問題だったので、マニュアルを変えたのですが、そもそも置換が必要なデータがまとまっていないという奇跡的な状況…
どうやって処理をしているかというと、業務を担当している先輩の感覚だそう…属人化しすぎだろ、ていうかそんなお前しか知らん事を投げられても知らんわ、という話なんですが。

マニュアル作るとちゃっかりそれだけ借りに来る図々しさ…自分の仕事なんであればデジタルデータでまとめるのはお前の仕事だろ、と思いますが、そこまで任せようとしてくる…(手柄は自分のものにするのにね)挙句メンドクサイとか言い出すので、めんどうに思ってんのはこっちなんだよ、と…。

こちとら自分に任された仕事が終わればいいわけなので、面倒がられてまで世話することもありませんから、来月からは『私はデータはデジタルで持つ派』らしいので、デジタルじゃないマニュアルは要らないっぽいから破棄した、ということでもう溜めてた書面は整理して破棄した、ということで、自分の力でやってもらいましょう。(2回はやり方教えましたしね。)


仏の顔も何度まで…ってやつ、お互い様ですし、相手にするのもお互い疲れるでしょうから。(というか私は少なくとも疲れるから、他の人を頼ったらいいと思う。)

少しずつ進めているファイル整理ですが、マクロを入力しなければならない箇所で手こずったため、噂で『できるらしい』と聞いていた方へ相談にも行ってきました。
(ていうか知ってるなら自分で頼め、という話なんですが、何故か人でを異様に増やすという方法でどうにかしようとしているのか…謎の応援勢を集め始めた不思議…もうだいぶ業務は片付いてきた、というこのタイミングで今更応援増やしてどうするのかは知りませんが、増やした人手で解決するのだと思うので、スルーしておきましょう。)


仕事も趣味の一つ、くらいのテンションでできればいいや、とあれこれ考えるのはやめました。
オカシナことになっていても、そっとしておきましょう。
大変そうだなーと思ってもそのままにしておくのが『触らぬ神に何とやら』かもで無難かもしれません。


こうして割り切るところは割り切っておかねば、自分のストレスが増えますから。


問題解決をする気はないが指摘が忙しそうな上司を見ても、あれがあの人の仕事なんでしょう、と思って『今日も仕事してんだな』、という目で見ておきます。
見方を変えたら、自分はあんな仕事したくないですもん、と思いますしね…。(苦笑)


定時で帰宅してから、洗濯と食事を済ませて、ランニングに行くことにしました。
急にしたくなったので、したくなった気持ちに任せて…リサイクルゴミもランニングついでに廃棄しておきました。
メイク落としに使うコットンの購入。
なくてもいいんじゃないかと思ったんですが、『お洒落しなきゃ』、と思わされながらやるマインドになってしまうと疲れても、自分のためにメンテナンスと思ってできれば心の健康にもいいことですし、『肌は人体最大の臓器』ともいうので1つのバロメーターと思いながらね…それくらいちょうどいいんです。
顔色がよさそうに見えると自分で安心も出来ますから。

乾燥と日焼けだけは対策しておきましょ、くらいに。
プレッシャーにしない範囲で楽しみましょう。


久しぶりに走りましたが、走ってみると意外と走れるもので自分に驚きました。
気分もいいし、久しぶりに気持ちのいい汗をかいた気もしましたし。

辞めたいと思うことは可能な範囲で手放して、気分がいいと思えることは素直にやる、そんことでいいじゃない、と思いつつ。

帰宅して偶々見た動画。
人気ユーチューバーの方と筋力低下が起こる難病を持ったファンの方の対談(?)だったのですが、病気を受け入れる上での苦労もありつつも、それは自分が偶々持った個性で、先のことを考えて不安になることもあるけれど、先のことは先が来た時に考えたらいい、と思うことにした、ということを話していたのを聞いて、そうか、と思ったりして。

話していた彼は20歳。
10年後、病気が進行してどうなっているか解らない、という不安はある、と。

病気がある彼の話を聴いて、辛いだろうな、とかそういうことではなく、逆に先のことは皆同じ解らないものな、と逆に思えた。

 

筋力が不足していくことで人の解除が必要な事を話していたけれど、よく考えてみたらそれって、タイミングが早く来るか遅く来るかの違いはあるだけで、病気があってもなくても同じな気がしました。

 

実は特別なことではないものね、選べることではないけど、彼が偶々そうだった、というだけのことで、それが運が『良かった』とか『悪かった』とか評価しないで欲しいだろうな、と、『特別視はしないで欲しい』と言っている言葉を聞いていて思った気がします。

 

私も、10年後は解らない。
よくなっているかもわかることではないけれど、悪くなっているとも限らないし…。

そもそもいいとか悪いとかもの基準もちょっとわからなくなってきた気もします。


今から先の心配ばかりして過ごすことって…心配すること自体には意味がないものな、と…。

何か対策をするのはいいとして、出来る限界もありますもんね…。


何だか彼の話を聴いて、あまりにしんどくなったら、その時考えよう、で少し落ち着こう、と。

そんなことを思った日でした。

 

過程はそれぞれだけれど、よく考えたら皆一緒なんです。

 

皆同じ。

 

してみたいことを少しずつできる範囲でしながら過ごしてみたらいいじゃない、また考えてしまいそうな時が来たら、少しだけ考えて、したくなったことをしてみながら過ごす、それでいいんじゃないかな、という気がしてきました。